広大な領土と強大な力を持つ帝国。その帝国の北には難攻不落の砦、トリオールの砦が聳え立ち、東には大陸最長の長城、バグトレスの長城が道を閉ざし、南には不毛なレイ砂漠が広がり、西にはガルト海が延々と広がっている。帝国は、まさしく史上最強と謳われる強国であった。
 その帝都、ラルグーンの南に一つの森があった。そこは、伝説の魔獣の住処と言われ、魔性の森と怖れられていた。そして、その伝説の魔獣が未だに魔性の森に巣くっていると言う者もいれば、伝説の魔獣はすでに死んではいるが、その邪悪な力が魔性の森を包み込んでいると主張する者もいた。
 が、真実を知る者は、誰一人としていはしなかった。それを確かめようとする勇気ある者が、一人として存在しなかったからである。どんな命知らずの荒れくれ者も、この魔性の森に一歩入った瞬間、身も心も凍りつくような言い知れぬ恐怖を感じ、一目散に逃げ出してしまうからである。
 そんなある日、帝国はこの魔性の森に対して、多くの兵を送り込んだ。それは、人々の魔性の森に対する恐怖心を消し去ると言う名目ではあったが、本当の理由は別の所にあった。
 帝国は魔性の森の奥深くにあると言う、ある洞窟を捜そうとしていたのであった。その洞窟は普通の人々の知らぬ物であり、唯一、帝国に伝わる魔獣の伝説にのみ、それは存在した。それは、伝説の魔獣の住処と伝えられていた。
 果たして、多くの兵士達の探索により、その洞窟は見つかった。その洞窟は兵士達の考えていた物よりも小さく、とても、伝説の魔獣の巣であった物とは思えない物であった。そして、それが、余計に兵士達を不安にさせ、未知の驚異を煽っていた。
 だが、命令に逆らう事はできず、兵士達はその洞窟へと入っていった。兵士達の一人一人はまだ見ぬ何かに恐怖心を抱いてはいたが、多くの仲間がいる事がその恐怖心を和らげていた。そして、ゆっくりと兵士達は、洞窟の奥へと進んでいった。
 やがて、兵士達は洞窟の終わりへと辿り着いた。そこには、一体の骸骨が横たわっており、それは確かに人間のそれであった。が、兵士達はそれを見ると、恐怖のあまり後ろにたじろいでしまった。
 なぜならば、その骸骨の左胸の部分に、信じられない事に一つの心臓が脈打っていたからである。その心臓には、一本の短剣が深々と突き刺さっていた。力強く脈打つ、その心臓の鼓動が洞窟に響き渡り、突き刺さる短剣の刃は怪しく、そして、血のように赤く輝いていた。
 それが、一体何であるのかをほとんどの兵士達は、全く聞いてはいなかった。が、とにかく、兵士達は命令を遂行する事にした。その命令とは、洞窟の中に存在した物全てを城へと持ち帰る事であった。
 そのため、兵士達は大きな布を広げると、二人掛かりでその心臓と短剣を布の上に、恐る恐る置いた。そして、それを慎重に布で包み込むと、兵士達はゆっくりと洞窟を出ていった。
 帝国を揺るがしたこの物語は、この時より紡がれ始めたのであった。